落雷にあう(山と雷)
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バチーンッという大音響がして私はヘルメットをかぶった頭に、丸太棒で殴られたようなショクを受け、ヨロメクように岩
陰に逃げ込みました。後に続くと思った3人が来ません。 どーうしたと叫ぶとMが足をやられたと答えが返ってきました。 低いところへ逃げろというとやがて声がしなくなりました。皆が心配でたまらないが、怖くて頂上に戻る事が出来ません。 頭の上では2分おきにドカーンと轟音がしています。 しばらく頂上の周りを右に左にウロウロしていましたが、 とにかく怖がってばかりもいられません。 雷の合間をぬって頂上に駆け上がると遠く吊り尾根を歩く仲間が見えます、ピッケルを鷲掴みにして後を追いました。 やっとのことで仲間に追いつくと全員無事でMの足もたいしたことはありませんでした。
最低鞍部で再びポンチョをかぶり、長い長い雨宿りをしました。 気温は急激に10度くらい下がったでしょうか、雨の中を駆回ったためずぶぬれになった体はふるえがとまりません。 「判断が遅れた、、、皆にすまない」リーダーとしての責任がおおいかぶさってきます、苦しい雨宿りでした。 前穂高岳は8月だというのにわずかの間にヒョウで真っ白になっていました。 雷は目の前の岳沢で暴れまわっており、 そのうち数本の稲妻が西穂の稜線に突き刺さるのが見えました。 そのうちの一本が11人の命を奪ったことは我々は知るよしも無かったのです。 雷はどうやら前穂高岳の頂上にあるいわゆる「大ケルン」に落ちたようです。 ザックを背負いかけていた3人はショックで倒れ一瞬、気を失ったということでした。 ケルンにもっとも近い位置にいたMは足に激しい痛みを感じたが、足を引きずりながら走ったそうです。 我々がポンチョをかぶってから、屏風の頭に来るまで10分足らず、それから2分程で頂上で1発目がなり、2発目がなる まで1分少々でした。 3発目は結局来ませんでした。 この日までは連日好天続きでしたが、 私達が登攀に夢中になっている間に前穂全体が雷雲に包まれていたのです。 天気予報は雷雲の発生を報じていたのですが、ラジオの不調で 我々は知りませんでした。 もし大ケルンが無かったら、 一番背が高かった私が雷の直撃を受けたかもわかりません。 ピカッー・・・ゴロゴロと聞こえる雷は本当は怖くありません。 本当に怖い雷は青白い光とバチーンッという音が同時にやってきます。 2日後、北穂のコルで長野県警の人と立ち話をしました、山のおまわりさんはよく話をしてくれます。 「 私達もジャンの近くでツェルトをかぶっていて雷にやられました。あなた方とはあの日奥穂でお話しましたね。 亡くなった深志高校の生徒さんは、運が悪かったとしか思えません。 世間ではいろいろ言っているようですが、 本当にお気の毒で・・・・・」 おまわりさんは制服姿の大きな体をすぼめ、ひげずらの目をしばたたきました。 ドームのダイヤモンドフェースで転落事故のあった日でした、彼は「C沢には入れませんよ」と立っていたのです。 至近距離に落雷を受けたパーティは他にも何パーティかあったようです。 山で雷の被害を受けないための教訓(雷を防ぐ絶対的な方法はありません運も大切です) 1、ヒョウやアラレは雷の前兆です、一目散に山を下りること。 2、雷の移動速度は意外に速く、時速40kmにもなるといわれています、追われたら逃げ切れません。 3、雷が近いと感じたらとにかく低い所にしゃがむ、平らな場所なら地面に伏せる、とっさの判断が生死を分けます。 4、雷の怖さは経験しなければわかりません、悠然としている人の真似はしないこと。(本当の怖さを知らないだけです) 5、高い木やケルンのすぐそばは危ない、雷は気まぐれでどこに落ちるかわからないが、高いところはかなり好きです。 6、金属製のアクセサリー等を身に付けていても、いなくても危険度は変わらない。(最近の研究でわかっています) 7、山は早立ちが原則、なるべく早く目的地に着きましょう。(雷は午後が出番です) 8、雷は一度来ると何日か続く傾向があります、昨日発生したら今日も発生する可能性はかなり高いです。 9、当然のことながら天気予報はキチンと聞きましょう、入山前のラジオの点検(電池を含む)は大切です。 |
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